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大晦日、この一年を振り返る [日常日記]

無事に退院して、自宅で新年を迎えられることになった。なにもかも一段落したので今年一年を振り返って見ようと思う。2017年は「守勢」の年だった。緑内障手術からの帰還で始まり、次いで突発性難聴、配偶者の圧迫骨折と病院通いの毎日が続いた。多発性骨髄腫治療が始まった連れ合いは、副作用で身動きならない事態になってしまった。秋になってやっと治療の進展が見られ、副作用も治まった。ところが今度は僕の息切れが酷くなった。年末に入院してやっと晦日に自宅に帰れた。

この一年は病気との付き合いで終始してしまったと言える。旅行とかのアクティビティーはほとんどなかった。もともとこのブログは、病気を抱えながらもアクティブに動き回り、あちこち出かける元気な姿を自慢しようとして書きだしたもので、旅行記がその中心だった。その意味では今年は不作だ。気が付いたのは僕が全く国外に出なかったのは30年ぶりだということだ。仕事や遊びで、毎年必ず国外に出ていたことになる。

しかし、ポジティブなものが何もなかったかというと、そうではない。まず第一に僕にも家事が出来るという自信が付いたことだ。全く何もしたことがなく、「口を開けて待っているだけ」などと言われていたが、土鍋でご飯を炊くエキスパートになったくらいだ。本業の仕事では、2本の論文に共著者として参画した程度だが、この歳で何らかの足跡を残せただけでも良しとすべきだろう。学びとしてはプログラミングの腕が多少上がった。ベクトル・複素数クラスが自由に使えるようになったし、APIの理解も深まった。だからと言って何に使うというあてもないのだが、上達は嬉しい。趣味の歴史研究は5本くらいの評論を書いて、独自の古代史観を形成する見込みが付いた。

よく思い返せば旅行も、全くなかったわけではない。通院の合間を縫って、一泊の小旅行を3回やっている。旅行とは言えないが、孫たちの運動会や行事、講演を頼まれての大阪・東京への日帰り、姪の結婚式で神戸など、「お出かけ」は結構あった。一日3000歩歩くという課題も、年末に息切れするまではこなすことが出来た。

さて来るべき2018年。やはり元気に過ごせることが一番の目標だ。なんとか一日3000歩を年間通しで貫徹したい。連れ合いの自己幹細胞移植を成功させて二人でサンフランシスコの孫に会いに行きたい。すこし膨らませて、今度はバンクーバーまで西海岸を鉄道で行って、バンクーバーから横浜まで船に乗ることを企んでいる。鉄道に酸素濃縮器用の電源があることがわかったからだ。歴史研究はこれまでのものをまとめて体系的なものにしていきたい。

例年僕は年賀状に「謹賀新年、XXX年が良い年でありますように!」と書いて来た。今年も書こう。自分にも、そして皆さんにも、2018年が良い年でありますように!!!



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コメント 2

tati

おら様
少々、心配を致しましたが「不幸中の幸い」伝説で乗り切れましたこと、お喜び申し上げます。

佳いお年をお迎えください。
by tati (2017-12-31 17:48) 

おら

tatiさん
あけましておめでとうございます。今年もしぶとく頑張りたいですね。真冬の北海道は寒いでしょうが、寒さの中ならではの美しさを堪能しておられると思います。こちらも、upされた写真で楽しませては戴いています。
by おら (2018-01-03 20:56) 

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