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与謝野晶子を読み返す [日常日記]

絵日傘をかなたの岸の草に投げ渡る小川よ春の水ぬるき
中学生の時に国語の先生が大事そうに取り出して見せてくれた色紙に書いてあった歌だ。当時それが誰の作かも知らなかったのだが、与謝野晶子である。あの先生は与謝野晶子と親交があったのだろうか。先生は与謝郡の人だったから、本当に知り合いだったかもしれないがそうとも限らない。与謝野晶子の色紙というのは結構出回っている。子沢山で生活も苦しく、夫の鉄幹の洋行を支えたリするために色紙を書いては売っていたそうだ。

このところ、出かけることもなく家で過ごすことが多いから、与謝野晶子の歌集などをいくつか読み返している。この歌を今でも覚えているのは不思議だ。それほど印象が強烈だったということだ。これほどまでに春の季節感、明るい陽ざしを表現した歌はない。絵日傘という小物がうら若い女性、しかも美人を思わせる。着物の裾をたくし上げて白い足が見えている色っぽさまで眼前にせまってくる。中学生には刺激的すぎる内容だったかもしれない。
柔肌の熱き血潮に触れもみで道を説く人寂しからずや
こちらの方はもっと刺激的だ。それにしても、短歌という31文字の中に詰め込まれた言葉の表現力には驚かされる。
漁火は身も世も無げに瞬きぬ陸は海より悲しきものを
天才的な言葉の達人としか言いようがない。これを褒めるのは竹西寛子さんの受け売りになるが、陸は海より悲しいなどというハッとする表現がどこから出てくるのだろうか。全部で5万首というから湧き出すように次々と短歌がほとばしり出てきたことになるからそれだけでもすごい。どんな駄作だって5万も詠めるものではない。

明治から大正にかけて起こった浪漫主義。「たてまえ」一辺倒の世の中から抜け出して「ほんね」を吐き出す動きの先端を走ったと言える。「ほんね」を出す勢いが歌ににじみ出ている。

与謝野晶子を一番有名にしているのは、君死にたもうことなかれの詩だ。これは強烈な反戦歌だ。「人を殺して死ねよとて二十四までをそだてしや」と戦争の本質は人殺しでしかないと指摘する。「旅順の城はほろぶともほろびずとても何事ぞ」。戦争で勝つことなど庶民にとってどうでもいいことだ。「すめらみことは 戦いにおおみずからは出でまさね」。戦争をやりたいのなら天皇が自分で勝手に行けばよい。

これほどまでに徹底した反戦の立場はないだろう。15年戦争当時なら確実に治安維持法で捕まっていただろうが、日露戦争当時はまだ言論統制が弱かったのである。しかし、当時有力な評論家であった大町桂月は教育勅語に反すると噛みつき、『乱臣なり,賊子なり,国家の刑罰を加ふべき罪人なり』と激怒した。

これに対する晶子の反論は、腰砕けである。反戦思想のどこが悪いと真正面から答えるのではなく、「ただ弟を心配しただけで、反戦は言葉のあやに過ぎません」と逃げているのだ。どうも、それが事実らしい。与謝野晶子はこれ以外に反戦詩と言えるものはない。それどころか、白桜集には「水軍の大尉となりて我が四郎 み軍にゆく猛く戦へ」などと息子の出征を激励している歌があるくらいだ。

思うに与謝野晶子はやはり言葉の達人なのである。「ほんね」を吐き出して弟を心配する気持ちを表現しようとしたとき、激烈な反戦の言葉が出てきてしまう。言葉を使うと言うより、出てきた言葉に自分が動かされてしまうのである。熟考し、人の命の重みを知って戦争に反対する立場を取ったのではなかったのではないだろうか。晶子の短歌は感情表現であり、思想表現ではなかった。

君死にたもうことなかれのあとしばらくはトルストイ流の平和主義的な発言が続いた。しかし、これも自分の言葉に引きずられた結果に過ぎないだろう。いくつもの評論を残しているが、読むに堪えない拙劣なものでしかない。大正デモクラシーの時代が過ぎて軍国主義が高まってくると、何の抵抗もなく戦争賛美に傾倒していく。夫の鉄幹はもともと熱狂愛国派で爆弾三勇士の歌を作ったりする人物だ。晶子は不倫を繰り返す夫に付き従う古風な女の域から出られなかった。思想的には鉄幹に引きずられたままだったような気がする。

これだけの才能を持った晶子が、本気で「君死にたもうことなかれ」の思想を深く突き詰めておれば、強烈な影響力のある作品を生み出し、あるいは世の中が変わったかもしれない。200万人の日本人と1000万人のアジア人の命が救われたかもしれない。無理な要求かもしれないが、才能を持った人には社会的責任を自覚じてほしいものだ。

天才でなくとも、専門分野を持った人にはそれなりの社会的責任がある。僕は一応科学者の端くれだから科学者の動向が気になる。最近の日本の風潮として、金のために軽々しく軍事研究に手を染めそうな科学者が出始めているのが心配だ。

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