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ルージュの伝言 [若かった頃]

「ルージュの伝言」は荒井由実による1975年の作品だから相当古い歌だ。1989年に全く映画の内容とは関係ないのに、宮崎駿の趣味で「魔女の宅急便」に現れた。そのために、いまや誰でも知っている有名な歌になっている。この曲を初めて聞いた時の事を思い出す。特別に好きな歌というわけでもないのだが、思い出がある。

誰でも若いころは音楽に魅かれる。僕も大学に入ったころから音楽を聴くことが多くなった。当時の音楽はフォークソングだ。それまでの歌謡曲・民謡とは明らかに違う。世界を視野に入れ、その変革も目指している。If I had a hammer とか、We shall overcome が僕の気分にぴったり合った。だれもがギターを弾いてフォークソングを口にする時代だったのだ。

その後、フォークソングには日本的な歪曲が加わって行く。1970年以降の歌は、かつてのおおらかさを失い。自分の内面に閉じこもって行く(例えば井上陽水「傘がない」)とか、個人的な日常(例えば、遠藤賢治「カレーライス」)に終始するようになっていた。いわゆる4畳半フォークの時代だ「神田川」みたいな歌ばかりになった。

僕は、単純な学問的情熱だけで大学に入った。就職だとか将来の生活だとかは、これっぽっちも考えていない未熟者だったのである。当時の理学系の学生は大体そんなものだ。しかし、学問というのは夢見ていたほど甘くない。たちまち壁に突き当たってしまった。一方で、社会に目を向ければ変革の情熱を燃やすことも出来る時代だった。We shall overcome も、道いっぱいに広がって御堂筋を占拠して歌うものだった。ところが学生運動も、全共闘以来、内ゲバ暴力の時代になり、おおらかさを失ってしまった。

周りは壁だらけ、どう生きたら良いかを模索する日々になってしまった。せまい考えの中で堂々巡りをしていた。そういう人が多かったのかもしれない。歌は時代の反映である。

そんな時、岡林信康の「申し訳ないが気分がいい」に出会った。涼しい風が吹けば気持ちがいい。美しいものを見れば気分がいい。こういった当たり前のことを見落としていたという内容のものだ。僕らの時代の人以外に、気分がいいことに対して、申訳ないという感覚が理解できるだろうか。僕がとらわれていた屁理屈を超えた世界があることに気づいた。

岡林が糸口だったのだが、それに続いて決定的な追い打ちをかけたのが「ルージュの伝言」なのである。今までに聞いたことのないような、音の飛びを持った曲で、テンポも速い。歌の内容が、想像もつかないような別世界と感じられた。その頃、風呂場はあっても、壁が大きな鏡になっているバスルームといったものはなかった。むしろ庶民は銭湯に行くのが普通だった。バスルームの鏡に口紅で伝言を書くなどというのは仰天のほかない。

世の中には別の考えで、別の生活をしている人々がいる。「あの人のママ」とは義母、姑のことだ。なんという表現だろう。結婚もしている年齢なのにまったく、屈託がない。亭主が女の子に優しくしたことに焼餅をやいている。それをあの人のママに言いつけて叱ってもらうことが解決の道だと歌う。あり得ないのだが、自信を持ったリズムでゆるぎなくせまってくる。脱帽である。

人にはいろんな生き方がある。全ての人がアインシュタインやエンリコ・フェルミを目指さなくてもいいのだ。僕の世界は、あまりにも狭いということに気づかされた。それが「ルージュの伝言」なのである。それまで考えたこともなかった生活とか恋愛、結婚といった人並みのことにも目が向くようになった。連れ合いと出会ったのは、その頃なのだが、ま、この話はやめておこう。歌の受け止め方は人さまざま、ただこの歌を「この先を考えるとおそろしい、不倫発覚の歌」などという誤った受け取りだけは勘弁してほしい。
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ふかさん

おらさん
同世代人間として、文系の私はおらさんのお気持ちの半分だけ分かりました。博多で暮らしていた学生時代。遊びと部活に一生懸命だったので学問のことなんて、単位さえ取れればよいとばかりに日々を送っていました。ルージュの伝言は、ユーミンが他の曲でヒットしてから知りました。もっぱら拓朗や陽水やかぐや姫ばかり。女性シンガーは森山良子とジョーンバエズくらいしか知りませんでした。でも今思うと良い時代だったのですネ。失礼致しました。戻りたい!のですが。
by ふかさん (2017-03-05 15:38) 

おら

古き良き時代と言ってしまえばそれまでですが、歌は40年を飛び越えます。youtubeで聞くと心がきしみます。木村恭子「あぜ道」、やまがたすみこ「風に吹かれて行こう」なんて、ちょっとマイナーなものまであるんですよね。
by おら (2017-03-05 23:15) 

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