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初めての海外 [旅行]

僕の初めての海外行きはアメリカだった。それまで特に海外とは関係の無い分野におり、外国に行きたいなどと思ったこともないのだが、休職出向でアメリカで働くことになってしまった。準備もくそもなくいきなりの出発だからガイドブックも全く読んでいない。おまけに「すべておまかせ」を決め込んでいる女房と3ヶ月の娘を連れての旅だから緊張は甚だしかった。

まだ成田は開港しておらず、羽田からのパンナム便だった。航空運賃は極めて高く、片道で合計80万円もしたと思う。後で赴任旅費が請求できるはずだとは思っても、ずっしり堪えた。時差による体調不良を懸念して、いきなりシカゴまで行かずにホノルル->サンフランシスコ->シカゴのルートをアレンジしたが、よく考えて見れば、ホノルルが一番時差が大きい。

一番心配したことは英語が通じるかどうかだ。ホノルルでタクシーに乗り、「Please go to xxx hotel on yyy street」と言って、タクシーが無言で走り出したのでホッとした。今思えば多少変な英語だ。こんな時please文は使わない。タクシーの運転手もこれであまりベラベラしゃべる相手では無いと気付いたのだろう。

ハワイは観光地であり、ここに2泊したのだけれど、結局観光をする余裕はなかった。生活習慣の違いにとまどい、なんとか食事をするだけでせいいっぱいだった。実際、生後3ヶ月の赤ん坊に対しては、日本にいてさえオロオロする状況だったのだから余裕がないのは当然だろう。

サンフランシスコについたとたん、空港ロビーでの捕り物に出くわした。サンフランシスコへはバスで行ったが、バスディーポでは切符の販売所が何重にも鉄格子を張り巡らした構造になっていて、治安の悪さを見せ付けられるようで、配偶者は赤ん坊を抱いて固まってしまった。だからサンフランシスコでも観光はしていない。

目的地のシカゴに着いたらいきなり仕事が始まってしまった。日本人はよく働くから感心するよなどと最初に言われてしまうとサボるわけにも行かない。というか、言葉が良くわからない分だけ余分に働かざるを得ない。口でごまかすわけに行かないから、データを沢山出して納得させるしかないのだ。シカゴは観光地ではないが、全く見物はできなかった。

給料は出るのだが、アメリカではとんでもない税率で課税されて支給される。実は年末の確定申告でかなり返ってくるのだが、知らないから耐乏生活を覚悟した。おまけに、赴任旅費は出ても、帰りは勝手に帰れと言われて、帰りの航空運賃を貯めないと、日本には戻れないと言うことになったから大変だ。アメリカには退職金などという制度はない。

やれば出来るもので配偶者は一日3ドルで暮らす計画を立てて実行した。スーパーマーケットの食料品はかなり安いし、消費税も少ない。ガレージセールとか利用すれば家具や日用品も安く買える。アメリカは格差社会なだけに、先進国の常で、一般的には何でもお金がかかるのだが、格差の下の方の人も何とか生き延びる手立てが用意されている社会だと言うことがわかった。

一年経って、もう一年契約が延びることになった。税金が返ってきたし、帰りの切符代は貯まったしで、急に生活は楽になった。しかし、定着した生活習慣と言うのは変えられないもので、やっぱり貧民生活が続いた。それでも、気分的にはもう決して貧しいものではなかった。ついに観光の機会が訪れた。

アメリカでは出張の合間に、現地で休暇を取ることが認められる。出張でサンフランシスコに行き、休暇を取ってロサンゼルスまでドライブした。モントレーの松の木がある海岸で、この海の向こうは日本だと感慨深かった。ロサンゼルスでは勿論アナハイムに足を伸ばしてディズニーランドを楽しんだ。我々の子どもの頃は、ディズニーランドと言えば、雑誌の懸賞で一等に当たって行ける所であり、現実的に行くことを考える対象ではなかった。大の大人ではあったが、ディズニーランドに実際に行けたことは、大きな感激であった。

旅行は楽しい。結局3年間日本には帰らなかったが、夫婦で全く見知らぬ所に行き、新しい体験をする楽しさを味わった。結局は観光地にも行けたし、旅行は楽しいものであると知ることが出来た。年を取ってまだ旅行を楽しもうとする原点はこの最初の海外体験によるものだと思う。
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