SSブログ

定年後の苦難(9) おいしい焼き芋の理論 [定年後の苦難]

おいしい焼き芋の店が出来て評判になっている。テレビにも取り上げられたということで、連日賑わい、警備員が交通整理をするありさまだ。確かに、これまでの焼き芋のホクホクイメージとは異なり、ねっちょりと甘い。糖度の高い芋を使っているらしいが、焼き方にも秘密がありそうだ。

芋や米などの穀類は、光合成で出来たデンプンで出来ている。デンプンというのはグリコーゲンが長く繋がった分子構造をしている。このままでは、味もないし、水にも溶けない代物ではある。熱を加えると、分子構造が緩み、水に溶けるようになる。そうすると、唾液に含まれるアミラーゼで分解されるようになる。鎖がちぎれて、つながっているグリコーゲンの数が少なくなったものが糖類だから、噛んでいると甘みが出てくる。この、ほのかな甘味が御飯をおいしいと感じさせる。

サツマイモの場合、唾液を混ぜなくても、それ自体にアミラーゼが含まれているというのが大きな特徴だ。だから、ただ熱しただけでデンプンが糖になり、甘い焼き芋ができる。問題は、この反応をいかに進めるかである。アミラーゼの活性は60度くらいで最も活発になるから、ゆっくりと加熱するのが焼き方のコツになる。石焼き芋は、石からの赤外放射で内部も外部も均等にゆっくり加熱することでこれを実現している。

ゆっくり加熱しさえすれば甘くなるのかというと、そうでもない。実は、デンプンには二種類あり、直線状にグリコーゲンがつながったアミローズと枝分かれして繋がっているアミロベクチンがある。サツマイモには両方が混ざっていてアミロベクチンの方が多い。甘みを出すには、βアミラーゼによる麦芽糖への分解が有効だ。しかし、この反応は、アミロベクチンに対しては25%位しか起こらない。これが甘さの限界になっている。

サツマイモにはαアミラーゼも含まれていて、これは、βアミラーゼのように、反応が25%で止まるようなことはない。しかし、デンプンの鎖をランダムに断ち切り、麦芽糖だけでなくオリゴ糖などの多糖類も作るから、甘さへの寄与は少ない。一旦、αアミラーゼで分解しておいてからβアミラーゼを作用させれば、50%以上に反応を進められることがわかっている。おそらく、αアミラーゼの作用を早い段階で引き出すことが必要なのだろう。もちろん、アミローズの含有量が多い芋を選ぶのが手っ取り早いことは言うまでもない。

αアミラーゼの活性は、70度くらいでβアミラーゼよりも少し高い。つまり、単にゆっくり加熱しただけでは、αアミラーゼの作用を引き出すことにはならない。その前にデンプン自体のα化も必要だが、これは63度で始まり、79度で完結する。だから、ゆっくり加熱するというより、ある程度急速に温度を立ち上げ、80度で糊化を確保して、その後、70度近辺に温度を保ってαアミラーゼを作用させ、60度から40度を保ってβアミラーゼによる麦芽糖の熟成を待つのが良いのではないかと思われる。

ともかくも、時間をかけることが一つの重要なポイントであることは間違いない。アルミフォイルでしっかりとくるんだサツマイモをガスストーブの上において時間をかけてゆっくり焼いてみたら、なかなかおいしかった。普通の蒸し芋とはかなり違う。

これは、上記温度シーケンスをある程度実現できたからだろう。もっとうまく実現するには、ダッチオーブンが最適ではないだろうか? ダッチオーブンを加熱して、あまり温度をあげずに、むしろ生焼けくらいで加熱をやめる。余熱で長時間熟成する。途中、もう一度少しの加熱をして反応時間を引き延ばすのも良いかもしれない。蒸らしを入れるということが糖度を高める点で重要なのである。

ガスコンロに入れられるダッチオーブンを手に入れ、「紅あずま」という芋を買ってきた。実際にやってみて、理論どおりの結果が得られたのには驚いた。ダッチオーブンで18分加熱し、2時間おいたところ、ねっちょりと甘い焼き芋が本当に出来てしまった。これが今評判のおいしい焼き芋だ。アルミファイルで包まないと水分が抜けて皮があまる状態になるが、むしろこのほうが濃縮されて甘くなる。塩水につけるといった前操作は必要がない。15分加熱で1時間置き、さらに5分加熱すると言うのが最新のレセピーだ。

理屈を考えることが、実際の焼き芋作成の役に立ったことが、妙にうれしい。 これで僕のお料理の腕を自慢できる。もはや、おいしいもの作りは、おばあちゃんだけのものではないのだ。しかし、わが配偶者は一言のもとに切って捨てる。「お芋をレンジに入れてスイッチ押すだけでしょ」。 まあ、結果的にはそのとおりと言うしかない。

定年退職後の苦難の道はまだまだ険しく続くのである。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。